インド、腹痛、野犬

ご存知の通りインドに行く外国人は十中八九お腹を壊す。もはやイニシエーシ
ョンと言ってもいい。それを経験してから初めてインドに“入った”とみなされるのである。私もその事実は重重承知していたし、可能な限り避けようと用心していた。水は絶対にペットボトルのミネラルウォーターを購入し、その購入に際しても蓋が開いた形跡がないか確認してから金を払った。稀に空のボトルに水道水を入れて売る輩がいるらしい、と聞いていたからだ。デリーにいた友人と離れて完全に自分達だけで行動するようになってからはそのことを常に頭に入れていたつもりであった。

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混み合うプラットフォーム

 ジャイプール駅に午後10時頃に着くと、そこにはぎょっとする光景が広がっていた。まず、電車を降りるのも一苦労なぐらいに混んでいる列車だったが、プラットフォームもこの時間にも関わらず混んでいた。山のように積まれた段ボールの荷物、敷物をひいて寝る家族、地べたに直に座り込んで待つ人々。しかもとても騒々しく、停車した列車のドアに向かって我先にと群がるインド人達を見て当初は恐怖すら感じていた。駅を一歩出た瞬間、というより駅を出る前から待ってましたと言わんばかりに声をかけてくるインド人がいるが、ホテルはあらかじめとってあるといって無視。この時は警戒心が高くなっていて常に荷物から目を離さなかった。ホテルは駅から歩いて10分ほどと書いてあったため手元の地図を頼りに客引きやリキシャの運転手を全員無視してスタスタと歩いていった。当然夜だったため暗く、人がいない通りを通らなければならないこともあり、ハラハラしながらなんとかホテルまでたどり着いた。思ったよりも時間がかかり、着く頃には私たちはすでにクタクタであったが、奮発して一泊2千円のホテルをとった甲斐があってかとても綺麗な部屋だった。これは飯も期待できると踏んで意気揚々と屋上のレストランへ向かった。街ではなかなか見かけない欧米系の客が多く集まっており、このホテルの格の高さが伺われた。メニューに目を通すと、安い!自立した旅1日目だったのもあり、私たちは祝杯として豪勢に食べることにした。出された食べ物も、デリーのショッピングモールで食べたものよりずっと豪華で味も最高によかった。ここで油断してしまったのだった。私はつい調子に乗ってモヒートを、相方はスムージーを頼み乾杯した。これもやはりうまかった。この時私は完全に忘れていたのだった、氷を抜くよう頼むことを。結果は火を見るよりも明らか、一晩中起きてはトイレに行き、起きてはトイレに行き、とまともに寝れなかった。私の方が重症だったことからモヒートに大量に入っていた氷が原因だろうと推測した。生水の氷だったのだろう。

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豪華なレストラン

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原因と思われるモヒート


 翌朝、全く体調が悪い中、インドの病はインドの薬で治せとも言うように、薬を購入すれば多少良くなるのではないかと期待してGoogle Mapで近所の薬局を探した。幸い近くにあったため、相方を部屋に残して買いに行った。店について店員に英語でお腹の調子が悪いとお腹を指しながら伝えるが、彼は困った顔をしてヒンディー語で何か言ってきた。当然私にはわかるはずもなく、薬局でも英語が通じなかったかと落胆し、必死に身振り手振りで “Loose stomach! “と連呼した。するとやっとわかってくれたようで奥から薬を持ってきたが、ヒンディー語で服用法を説明し始めた!せめて何錠とればいいのか聞こうとして”two?”とか”three?”とか聞いてみたが毎回一様に首を横に振る(インドでは首を横に振ると日本で縦に振るのと同じ意味をなす)ため諦めた。部屋に戻って薬の名前をiPhoneに打ち込んで服用法を調べた。さらに私には秘密兵器もあった。ポカリスウェットの粉である。かさばらないため、万が一このような状況に陥ったとき脱水症にならぬよう日本から持ってきたのであった。薬を服用すると幾分気持ち的には楽になった。翌日の早朝にはこの街を出ると決めていたことから観光だけはしたいと思い無理やりリキシャに乗って有名な旧天文台へと向かった。しかしジメジメした天気の中気分が悪くなってきて頭が朦朧とする中、関節痛も感じ始めた。天文台もさほど楽しめるものではなく、私たちはしばらく大通りを歩いてからホテルに戻って仮眠をとった。炎天下かなりの距離を歩いたため疲れで余計に体調が悪くなり、頭痛でなかなか寝付くこともできず、このままここで死んでしまうのだろうか、なんて考えたりして急に日本が恋しくなってきた。今すぐ瞬間移動して家に帰って快適な環境でゆっくり休みたい。弱気になってしまった。

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体調が優れない相方

 目を開けると数時間経っていた。気分はだいぶよくなり、頭痛も関節痛もほとんどなくなっていた。しかしお腹は全く空かなかったためひたすらポカリスウェットを作って飲み続けた。

 翌朝は朝の5時にはホテルを出た。フロントもやっていないのではないかと思っていたが、親切にも(?)フロントのソファでおじさんが寝ていて私たちが近づくと起きて対応してくれた。安心してホテルを出るとまたハプニングが起こった。野犬である。デリーでは近年犬狩りが進んでいるらしくほとんど見かけなかったが、他の都市ではまだまだそこらへんにゴロツキのようにくすんだ色をした犬がうろついていた。人通りがほとんどない通りにあるホテルを一歩出ると目の前に2、3匹の犬が寝ていた。これは別に普通の光景なので通り過ぎたが、彼らから10メートルほど離れたかと思えた時、急に1匹がのそっと起き上がると私たちとは反対の方角にいた犬に向かって吠えながら走り出した。縄張り争いのようであった。これはまずい雰囲気だなと思い、犬の方を見ながら恐る恐る遠ざかっていたところ、もう1匹がむくっと起き上がると、こっちを見ながら牙を向いて唸りはじめた。“噛まれたら狂犬病”という文字が私の脳裏に浮かんだ。と同時にそいつは私たちの方に向かって吠えながら走ってきた。私は相方に向かって“走れ!”と一言いうと荷物を抱えて一目散に走り出した。小柄な相方は私の視界から消えてしまったが気にしている余裕はなく、いざとなったらその犬をカバンで殴り殺そうかとも覚悟した。なんとか角を曲がると急に車の通りが多くなり、私は振り返りもせずすぐさまリキシャを呼び止め二人で飛び乗った。息を整えてからようやく振り返ったがもはや犬の姿は見えなくなっていた。

 旅はまだまだ続く。私は苦い思いをしたジャイプールを後に古都アグラ行きの列車に乗り込んだ。

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ゴミを漁る、神聖な牛

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同じくゴミを漁る野犬